自信がなくて、逃げてばかりいた私が幸せと大切なものを手に入れるまで【自己紹介】

目次

はじめまして Yoshiです。

18歳のときにはじめて 自分と向き合うことを始めて、 自分を受け入れられるようになったり、 何もなくても幸せを感じられるようになったり、 うつを克服したり、 いままで見つからなかった人生の中でやりたいことと出会えています。 いまでは自分のビジネスを持てています。

このページで、 自分のいた環境、世界に対してこんなはずじゃないと感じつつも、 何もしない/できなかった私が、 自分と向き合って実際どう変わったか。 という違和感からはじまり、今に至った話を2分ぐらいでします。

普段私が深く関わっている一握りの人だけに直接伝えたりしている一番大事な有益な話をココでします。

なので今このページに訪問してもらっただけでも結構ラッキーかなと。

すべて私自身の経験に基づく体験談なので その辺のSNS投稿を読むよりかは面白いと思います。

はじめに

その前に、 はじめに私のこれまでの自己紹介を 簡単な流れにすると、

幼稚園でいじめられていたのが一番古い記憶 ↓ 神経質な父を見て、動いて叱られるより何もしないほうが安心できると感じる ↓ ストレスや体質で常にお腹を壊していたり、すぐ泣いたり、慢性鼻炎 ↓ もともと「自分の感覚」、「自分の感情」、「なにかへの興味」などあまり気にしてなかった ↓ 特に熱中できるもの、一生懸命できるものがなくなんとなくぼーっとした小・中学生活を送る ↓ 特にあまり考えずに、母に勧められた高校に入学 ↓ 勉強はできると思っていたら、上には上がいた ↓ いい大学に入ればいい会社に入れてお金も稼げてモテて、幸せだろうとなんとなく思っていた ↓ 大学受験で現役で第一志望に不合格、受験浪人の始まり ↓ 浪人4ヶ月で、うつ、坐骨神経痛、不眠症の発症であきらめモード突入 ↓ 自分と向き合うことの重要性に気づき、実践していく ↓ 志望していたより2ランク下の大学に入学し、自己肯定感だだ下がり ↓ 自分を知っていき、自分の感覚、興味を大事にできるように ↓ 自分と向き合い、感覚を大事にしていって揺るぎない自信をもつ ↓ 少しずつ自己投資をはじめて、知識や経験を体系化していく ↓ 普通自動車免許を取得して1週間で、おもいつきで宿も取らずに旅行を決行 ↓ 急に興味が出てきた海外留学に挑戦し、現地/自分と同じ大学の大学生と拙い英語でも自信を持って会話 ↓ やりたいことができる東証一部上場企業に入社 ↓ 1年目からやりたいと思っていた新しい技術関連の部署に配属される ↓ 優しい上司、先輩、同期に恵まれたこともあり、業務も人間関係も充実 ↓ 知識0だったが、ワインスクールに飛び込み、ワインに没頭していき、はじめて趣味仲間もできる ↓ 自分と向き合ってぶっちゃけ人生変わりまくってる

と 私にとっては 激動の時間を過ごしてきています。

中学生の自分が、現状を知ったら信じてもらえないと思う。

もともと自分と微塵も向き合おうとしていなかったし、自分と向き合うなんて怖いし大変なイメージを持っていました。

それだけじゃなくて、 自分を知っているとか自信がある→普通じゃない→生まれつき違う人種であるとか間違った考え方を持っているやつ

みたいな。

でも、 自分と向き合っている人や人生を謳歌している人の世界を垣間見て 価値観がガラッと変わってしまいました。

すごい人に お金を払ってでも話を聞くことで 「え、なんなの?」 っていう頭を殴られて脳が揺れるような衝撃を受けて。

自分は無知なのかなとか、 いままで人生のチュートリアルで,本番じゃなかったのかなと 毎回思わされています。

そのたびに いままでなんだったんだろうってちょっとへこんで 現実/自分と向き合って 一歩進んで。

これをひたすら繰り返してきているだけです。

全然私は特別なものを持っているとかはなくて。

・頭がいい ・度胸、勇気がある ・自然と人に好かれる ・心をうごかすスピーチができる

みたいなのはもともとぜんぜんなくて。

むしろ、 だまされたりからかわれていることも気づけないくらいバカ正直で不器用で要領も悪い。
何やらせても平均以下
みたいな。

そんな人間でも自分と向き合い始めただけで、悲しいくらい自信がなかったのに自信がつきました。

おまけに人見知りで新たな環境を避けていたのに、 知らない人との交流も楽しめるようになったり めちゃめちゃ充実した時間を過ごせるようになりました。

ほんとかよ

って思うと思います。

その気持は良くわかります。

実際私自身ここまで変わるとは思ってなかったので笑

なんせ生まれてからずっとずっと迷走していたし、 「人がそんなに簡単に変わるわけないでしょ」
「もともとできる人は違うんじゃない?」
って私も思っていたんで。

私はいま20代ですが、 もっと早く知りたかったなぁってことがめちゃめちゃいっぱいあります。

10代で気づけていたらもっと人生変わってたのになって。

だから、 そういうことも含めて書いているので、 自分には関係ない世界の話だと思ってはほしくないんですよね。

私がこういう発信をしているのは 自分と向き合う、自分を知ることでめちゃめちゃ成長できるよってことを伝えたい。

証明したいからといってもいいかもしれない。

これは、

自分の意思よりも,
何もしないで安心することを選択
し続けて、 自分の考えがわからない状態で育った私だからこそ伝えられることだと思っている。

私と同じような感覚を持っていた人が、 今までの価値観から最新のバージョンにアップデートしてくれたら嬉しいなと。

そういうつもりで発信しているので、 私は常に本気で、本音で発信しています。

だから、 ほんとうに恥ずかしくて嫌な部分もありますが、 私のこれまでの経歴を絡めながらシェアします。

その方が断然頭に入りやすいと思うので。

それでは、 ここから実体験を基に今の”最新版の”私になってわかった大事なことをシェアしていきます。

何もしない=唯一の安心

いい子にしてたら、安心だと思う人はいるかもしれない。

自分の場合、いい子にしてる=何もしないことだった。

そうなったのは、父はめちゃめちゃ神経質だったのが原因だと思う。

幼稚園に通っていた私は、テレビのリモコンを取ろうとした。 ソファから降りるのがめんどくさくて、身体を乗り出してリモコンに手を伸ばした。

「ガシャン」 リモコンを落としてしまった。

次に聞こえたのは父の怒鳴り声だった。

「うるさいな!!!」 窓が空いていたら近所に響き渡るくらいの声量。

声の大きさに圧倒されて身体が縮こまった。 でもこんなことは特別なことではなかった。

母親と今日あったことを話していただけで、 椅子から立ち上がったときに、椅子を机のしたにしまおうとしてコツンと音がするだけで、 そのたびに、うるさいと一喝されていた。

そんな環境だったから、 なるべくおとなしく、 なにもしないように過ごそう無意識下に刻まれていたように思う。

幼稚園でブランコで遊んでいるときに押し出されて、 地面に溜まっていた茶色い水たまりに突き落とされたのが、一番最初の記憶。 特に抵抗できなかったのは、なにもしないことで少しでも安心を得ようとしたのかもしれない。

本当はイヤなのに何もしない病気

この何もしない病はなかなか治らなかった

でも自分で嫌な状況を改善する力も、うまい対処が思いつくような賢さもなかった。 だから、当時の私には最善の選択肢として何もしないを選ぶ他なかったのである。

つまり、特にどうすれば良いかもわからなかったからただただ向き合うことから逃げて、 結果として、ネガティブな状況を強めていた。

例えば、

・いじめが怖かったけど、何もできず。年上への恐怖心を覚えた  小学校に入学してすぐに、  高学年の男子3人くらいに  殴られたりすることが何度もあったけど、  やっぱり何もできなかった。

自分の意見を主張できなかった。その上、我慢という考え方を知らなかった  仲のいい友達が、自分の嫌いな友達と一緒に遊ぶとなっても、  いいよと、二つ返事。  で、自分も参加していた。  ただ、嫌だな、なんでこんなやつと遊ぶんだろと感じていたが、何もせず。

自分が何を好きなのかも全然知らなかったし、無趣味で約20年生きることに  小学校高学年くらいになると、周りは習い事を始めたりしていた。  だから、前まで毎日遊んでいたやつらとも毎日は遊べなくなってくる。  でも、やりたいことなんかわからなかった自分は、大変だなぁとしか思わなかった。

 今思えば、みんな熱中するものがあって羨ましいなと少し思っていたけど、気づかないふりをしていた。

・身体のコンプレックスで、どうにもできなかったし、自信を持てず  平均身長以下で、背の順では一番前か、よくて5番目。  強いストレスにあったからか、内臓が弱く、 食事の度といっていいくらいお腹を壊していた。  内臓が弱かったからか、あばらが浮くくらいガリガリで肩幅も狭かった。    1000人に1人くらいしかない、胸骨が凹む病気で、身体を観られたくなかった。  人目を気にしていて、小3くらいから学校のプールは休んでいた。  身体が小さくて、運動もできなかった。  だから人は怖いし自信がないしで、すごく人見知りをしていた。

・中学で興味のある運動部を見つけるも、先輩・運動への苦手意識で体験入部さえできず  中学校に上がって  みんな部活のことでワクワクしている時期。

 挑戦してみたい気持ちもあったけど、恐怖感が強かった。  1週間位悩んだ末、結局体験入部さえせずに、入部を諦めた。  そう、何もしない=安心を選んだ。

・もはや担任さえ信じられなくなる、衝撃の一言  あれは、中学二年の文化祭のころだった。

 クラスの出し物で、何をやるか決める話し合いが開かれた。  いつもどおり何もせずに、ラクな出し物にならないかなと期待していた。  話し合い的に劇になりそうだった。  「めんどくさいし、裏方として、目立たない仕事を選ぶか」と考えていた。  ただ、思い通りにはならなかった。

 担任が自分ルールを持ち出してきた。  「私のクラスとして劇をやるなら、一人一セリフ以上担当してもらいます!」  自分以外にも不満がありそうなやつがいたが、反対しきれず。結局劇に決まった。

 自分は、目立たない役だったが、部隊に立たなければならなくなった。

 はじめての舞台練習があった。  それはそれはいやだった。けど、抵抗して何かできるわけもなく。  「ササッとセリフいって終わらせるか」と、思っていた。  あー終わった終わったと思いながら、練習後教室に戻った。

 その練習が終わった後のHR、担任がブチギレていた。  どうやら劇がひどかったらしい。

 他人事のように、早くHR終わらないかなと思っていた。  急に自分の名前を呼ばれた  「〇〇(Yoshiの名字)はひどすぎる。おまえは心がない。」  よく意味がわからなかった。  そのあとの言葉は頭に入ってこなかったから。

 鏡を見たわけではないが、目が泳いで、顔がひきつっていたと思う。  このときばかりは、頭が真っ白になって、感情がわからなかった

 帰り道は一切記憶がない。  担任の言葉”おまえは心がない”を何回、何十回と脳内で自動再生していたと思う。  家に帰っても、そのままベッドに突っ伏して気づいたら夜になっていた。  その頃には、少し冷静になって、何も言い返せなかった自分に悔しさを感じた。  それでも、考え方を変えようとはしなかった。  この後もしばらく、自分と向き合うことはできなかった。

・高校受験?なにそれおいしいの?、なんとなくで高校決定  高校を選ぶときも、  親が進めてくれた高校が割と新しい学校だったので、  特に調べもせず、きれいだしいいかと思って、そこに決めた。

といった具合である。

”なにもしない、できない病” といってもいいと思う。

何が起こっても、何を感じても、無抵抗か目を背ける以外の選択肢が取れない。

本当に悲しいことだけど、 自分がなにかできると微塵も思っていなかった

自分の人生を生きていたとは言えない。

易経に「窮まれば変ず。変ずれば通ず。通ずれば久し」という一文がある。 要は、道に行き詰まる(窮まる)と変化して解決するという意味。

何が言いたいかというと、 ここから実際に、なにもしない病が治る前に、 もっと辛い思いをすることになる。

現役での大学受験、浪人決定からの絶望

私は、人生経験に乏しく、 周りの考え方に簡単に染まってしまうくらい純粋だった。

最近は一般的にも考え方が変わっているのかもしれないが、 当時の私は、 大学受験でいい大学に入れば、その後もいい生活ができるだろうと思っていた。 むしろ、例えば国公立に入れないなら、価値がないくらいに思っていた。

ただ、この考え方があとで私の人生に大きな影響を与えた。

実際私は現役で第一志望の国立大学に合格できなかった。 滑りどめの私立には合格したけど、このままじゃ負け組だと浅はかな自分は思っていた。 まだやれると思った私は両親と相談して、浪人させてもらった。

けど、

待っていたのは、 絶望だった。

こんなことになるとは、全く予想できなかった。

これまでの私が、自分・自分の将来のためになにか行動をするという経験がないのは想像ができると思う。 だから、効率とか、どうすればいい結果が得られるとか、そんな考え方はなかった。

一度受験に失敗したけど、特に自分と向き合うとか、どうして結果が出なかったか分析をしなかった。 そう、失敗に対しても”何もしない”を使ってしまっていた。

とりあえず浪人時代の私は、長時間勉強して安心しようとした。 そしたら、受かるだろうと思っていた。 それが甘かった。

結果どうなったかというとみなさんも想像の通り、うまくいかなかった。 浪人をはじめて4ヶ月くらいたったころにうつになった。 特に休みも取らずに朝6時くらいから毎日10時間以上の勉強を週7でやっていた。 ブラック企業以上の悪環境である。

モチベーションだけは高かったから、自分がボロボロだったことに気づくことができなかった。 気づいていても気にしないふりをしていたのかもしれない。

うつになったときは現役で第一志望に落ちたときより辛かった。

机に2分も座っていられないくらい身体はボロボロだった。 夜は眠れないから、思考もまともではなくなっていた。

はじめは、心は折れていなかったから少ししたらまた再開しようと思っていた。

症状が悪化してすぐ 「あー、もう終わったな。」 全部諦めた。

そう、また現実から逃げた。 いつものなにもしないという選択肢をとったのだった。

自分と向き合って気づく自分に無知な人の多さ

勉強をしないまましばらく経っても、そこまで状況は好転しなかった。

勉強しようにも、頭には深い霧がかかっていて考えることなどできなかった。

ただ、時間はあって もう毎日逃げたい気持ちしかなくて。

現実逃避したくて ネットサーフィン、Youtubeばかりしていた。

私の運は尽きていたわけではなかった。 そう、このときはじめて自分と向き合うチャンスがやってくる。

それがいわゆる潜在意識との出会いだった。

「思考が現実化する。か、本当にそんなことがあるのかな。」と考えていた。 ただ、他にやることもなかったから調べたり実践してみた。 藁にもすがる思いとはこういう事を言うんだなと今では思う。

やっていたのは、
どんな思考をしている自分でも存在を許す。

いままで”なにもしない”ことで、安心を得てきた。 ぶっちゃけこれでいいのかな?と思うこともあった。

良い悪いはおいておいて、何もしないという選択肢をとってしまう自分を許した。 この時点では正直100%効果を信じることができていたわけではない。

だから、真剣に取り組むというより、片手間でたまに思い出したようにやってみていた。 なぜなら、気持ちがスッキリするのは実感があったから。

今考えると、この頃から何もしないではなく、自分と向き合うという方向に少しだけど変われていたんだなと思える。

これはもう今の私ならあるあるでわかるんだけど、 ・何もしない=安心 できるもしくは、自分・現実から逃げる=楽で安心自分と向き合うことはめちゃくちゃ怖いことだ というのは幻でしかない。

もう少しあとになると、 逃げグセというのは、私だけが持っていたわけではなくて、 少なくとも日本人のほとんどが持っているということに気づき始める。

もともと自分には自信があまりにもなさすぎた。

マイナスが大きすぎて、 現実が大きく変わるということはすぐには起こらなかった。

結局、勉強できるほど回復はしなかったから 最初考えていたより2ランク以上落ちた大学に通うことになる。

うつと受験失敗のおかげで、しばらくは  家と大学をただ往復するだけ  受験を失敗した自分を強く否定  大学の他の学生も見下す  大学4年の夏くらいまでは、大学内外問わずほとんど人と関わらない

だからこそ逆に、自分の内側と向き合わざるを得なかった。  ・自分の考えをひたすら紙に書き出した   →当時何を考えていたとか、どうすれば今のつらい状況を抜け出せるか、    自分の理想はどんな生活か、など主に考えた。  ・断捨離をして、自分の身の回りのこととも向き合った   →理想のくらしをする/幸せな生活に必要なものはなにか、    どういう印象を人にもってもらいたいのか、    どういう部屋でどんな生活を送っていきたいのか   などはじめてちゃんと考えるようになった。    

自分と向き合っているときなんて楽しいんだろうと思っていた。 今まであんなに自分の考え、感情から向き合うことを恐れて、ひたすら逃げようとしていたのはなんでだろうと疑問に思い始めていた。

この頃から、 たぶん私の頭の中はずーっっと

「どうすればよい人生が送れるか。」

というセンサーがビンビンだったんだと思う。

ココに来るまでに無料で観られるネットの情報はすごく役に立った。 でも正直、限界かなと感じた。 それだけではかゆいところに手が届かない感じ。

あんまりお金はなかったけど、 ものは試しだと思って、お金を払って情報を取りに行った

そこからは早かったですね。

常識の崩壊、小さな幸せとはじめて回ってきた自分のターン。

大きなターニングポイントとしては、 人生を楽しんでいる人たちとの出会いだった。

やりたい趣味をすべてこなし、かつ人の3倍早く習得できる経営者とか、 ただノウハウを伝えるのでなく、知識を体系化した潜在意識の達人とか。

この人達の知識、考え方はただただ衝撃的だった。

おかげで、完全に常識は破壊された。 だってそんな人たちに今まで会ったことないし。

常識を変えるために何か必要かというとそうではなくて、 「あ、そうなんだー」って受け入れて気づくだけ

気づいただけで何も行動してないのに、 それだけで世界が全く変わって見えた。

今度はもっているお金を全額学習代に使う勢いで、 自己投資を始めた

逃げてばかりだった自分がアホみたいに挑戦をしまくった。 私は、自分の人生の使い方を全くわかってなかったと思い知らされた。

初めは問題解決にばかり注目していた。 そのうち自分の興味が持てることがでてきた。

興味が持てることが何だよって思う人もいるかもしれないけど、 私にとっては、うれしかった。 やっと人生のスタートラインに立てたような気がした。

けど、その時おもったのが、 自分と向き合うこと、挑戦することって難しくないんだなと思った。

「あーそういうことね」という感覚

今までできなかったこと、わからなかったことができる/わかるようになった感覚に似ていた。

このときぐらいから、なにもしないという選択肢を取らなくなった

そして、はっきりと気づき始める。  自分だけじゃなくて、みんな自信がないこと。  それだけじゃなくて、みんな自分のことを知らなすぎること。  そして、自分は何をすべきか知っているのに対して、周りは気づいていないこと

自分はせっかちだから、早く変わりたいと焦ってばかりいて当時は何も感じなかったけど、 周りは時が止まっていて、自分だけが動いているくらい自分の変化スピードは早かった。

更に自分と向き合って、みなぎる自信と感情の変化

この頃、 私は成功している人、人生を謳歌している人に共通していることを分析した。

まず一つ言えることは、 自分自身を知っていて自信があること

社会的な地位は関係なく、 やりたいことを楽しんでいる人は、 自分が何をやって、何をやらないのかを迷わずに判断できている。

これは自分の特性や、好みを知らないとできないし、 自信がないと、 判断で迷いがでてチャンスを逃したりしてしまう。

そして、 彼らは共通して、 彼らなりの方程式を忠実に実践していた

方程式とは比喩で、ほしい結果を得るためのテンプレート的なものです。 フレームワークといっても良いと思う。

わざわざ口に出しては言わないけど、 それぞれの頭の中に、
現在地からゴールまでの黄金パターン
がある。

私もそれを盗もうとすることで、 他の人と比べて圧倒的に成長できた。

こういうフレームワークとか抽象的な含めて教えたら、 教え子も結果を出し始めてくれた。

さらに、 成功している人たちは勉強熱心で、 貪欲に新しいことを学ぼうとしていた。 それは同じ分野の新しいことでも、新しい分野の開拓でも。

最後に、一番興味深かったのは、 社会的に成功していても、謙虚でいること。

勉強するときに、自分流でやるのではなく、 自分よりできる人を先生にする。 そして、先生の指示や指摘を極力そのまま実践しようとしていた。

難しいのは、自信があっても、自分を過信しないこと そして無駄なプライドを捨てること。

私は、経営者である先生から、 「自分の中の正義を捨てろ」と再三言われても 初めは理解できなかった。 いまはこれが一番重要かもしれないとさえ思う。

分析をして、 勉強と実践を繰り返して、人生が変わってきた。  ・単純に自信がついたり  ・趣味を通じて、楽しい時間を過ごし、仲間ができたり  ・自分をが大事にしたいと思える人、逆に大事にしてくれるような人と出会えたり  ・人のために貢献したいと思うだけでなく行動できるようになったり  ・人とは違っても自分の意見を主張できるようになったり  ・人生に対しての違和感もなくなり、楽しいとかなんとなく幸せだと感じる余裕がでたり  

こうやって、自己投資をして関わる人を変えたことで、 価値観まで変わった。

いまでは私は、人の思考を真似することで、 新たな世界が見えるようになってきている。

それは学んで実践によって実現したことだし、 これからまだまだ成長できると考えている。

自分的にはまだまだ甘いので、 自分よりめちゃめちゃすごい人を観て、劣等感を感じながらも 今も勉強しながら日々挑戦している。

自分とか、現実から逃げてばっかりだったけど、 いまは自分や世界を知ることが一番おもしろいと言える状態になった。 いまはただただ楽しいし、小さなことに幸せを感じる余裕さえある。

ちょっと自分と向き合ったら見える世界が変わる

お伝えしてきたように、 私は、自分や世界とちゃんと向き合っていませんでした

向き合うことは難しくて怖くて大変なことだ というイメージをもっていたので。

けど、ちゃんと向き合っている人たちの価値観は 私が見ることができた世界とは全く違いました。

自信を持つことの影響ってめちゃめちゃエグくて。

価値観、人に与える印象さえかなり変わったと思います。

以前の私には想像もつかないくらいです。

っていうのも、 もともと私は人見知りで、 できるだけ自分の慣れ親しんだ場所、状態から離れたくなかったし、 何かを積極的にやりたいと感じることもほぼなかったナマケモノです。

それが、今は知らない人が何人いようが、 オンラインでも、オフラインでもコミュニティに参加するし。

興味を持てることがあったら、実験的な感じで「やってみよー」くらいで挑戦するし。 (成功もするけど、失敗したなーってこともたくさんあります笑)

しかもそれらが、義務ではなくて、 やったほうが楽しいよねっていう感覚でできるようになりました。

昔の自分だったら、「そういうことできるそっち側の人ね。。。」って別の人種だと考えたり、スネたり、諦めを感じたりしながら、 こっそりグツグツ腹の中で嫉妬心を飼っていたかもしれません。

なにより、 いまはお金をかけて情報を得たり勉強するようにもなりました。 過程としても、結果としても、思考が断然変わりました。

もともと漠然とした不安があって、 それはお金に関しても同じだったんですよね。

何かあったときのために、お金をためておかないととか、 もともと欲しい物は多くはないけど、 たまたま欲しいものが高価だったりすると、仮に余裕があっても、 なにか言い訳してなるべく買わないようにしていました。

でも、 今言えるのは、自分にお金を使わないのはもったいないなーってことです。

自分が欲しいものであれば、高くても買うべきだと思ってます。 それで、生活が満たされるなら幸福なことだし。

知識や、体験なら、自分への投資になって、 自信につながったり、人と繋がれたり、 体験しないと向き合えなかった自分と出会うこともできました。

直接お金になるかというと、難しいんですけど、 どんなことでも、仮に失敗だなと思っても、 何かしら自分に返ってくるものがあったんですよね。

30万円の英語の講座を受けたんですけど、 自分が思ったような講座ではなくて、英語のスキルっていう観点でいうと失敗でした。 でも、違うところで、得られるものも有りました。

スキルを身につけるってなったときに、早いタイミングで習得するためには、  ・模範となるものを探して、真似する  ・使える型、パターンを何個も持っておく  ・構成を考えるときに、王道の流れを知っておく  ・スキルのある人からのフィードバックを受けて、活かす

こういう抽象的な枠組みの重要性を再確認することができ、 普遍的な考え方であり、一生使える価値のある知識を得られうました。

だから 肝心なのは、最初。

最初にいい出会いをするかどうか。 ここがめちゃめちゃ大事です。

私は不器用な人間だけどラッキーだと思った

ここまで読んでもらったら、 なんとなく気づいている人もいると思うけど、 私は不器用な人間です。

最初から群を抜いてなにかできるわけではなかったし、 すでに話したように、自分の意見を友人にさえ言えないとか、 まったく自信なんかなかったわけです。

それだけじゃなくて、 要領よくモノゴトを進められないし、 何度も失敗したり、できても時間がかかったりしていました。

ただ、 不器用だからこそ、 自分のセンス、才能を過信せず、 先人や自分よりできる人から学ぶことで、壁を一つ一つ超えてきました。

いつも、持っている時間、お金を勉強に投じて、 どういうメカニズムなんだろう?
どういう仕組みなんだろう?
と、

成功している人の思考のフレームワークを 研究しては盗み研究しては盗みを繰り返してきました。

おかげで、 自信もついたし、 体系化するスキルを高めることができました。

不器用だからこそ、 私にはできない人の気持ちがわかるので、 「なんでそうなるの?」 という人に対して役立つことができるのです。

言ってしまえば、 言語化できるわけです。

「なんで私の思っていることわかるんですか?」 とか結構言われます。

それは私ができてなかったからです。

私を頭がいいと勘違いしてくれる人もいます。

でも、 そうじゃないから、 人が引っかかるところで引っかかって、 壁に当たるところで壁にあたりながら、 できる人から盗んで、真似してきただけです。

どうすれば、自分でもできるようにするかって考えたら、 課題をクリアすること、 インプットすることが楽しくなりました。

正直、普段人に話さない過去のことも書いてます。

ビビリだし、行動するのに人の倍以上覚悟がいります。

新しい環境に行くとき、人に合うときも、 緊張して、お腹壊したりして、 行くのをやめようか、いや、頑張っていこう!ってのを 何回も繰り返すような人間でした。

なので、私より不器用な人は教えて下さいって感じです。

でも、 平均以下の私でも「なんでこんなにつらいんだろう」という状態から抜けて、 自信をもってやりたいことにも挑戦できるなんてことが 起こり得るのです。

【理念】疑問、興味があれば飛び込め

冒頭にも書きましたけど、 もともと自信なんかなかったし、 毎日毎日ただ辛いばっかりで、ただただそこから逃げたいと思っていました。

でいまはSNSとか普及してて、 自分の過去と同じように苦しい想いをしている人がまだまだいるんだなということも、 知れてしまいます。

でもそういう人たちに対して、 心無い発言をする人だったり、 悪意がなくても根本的な解決にならない対処法をプロでも教えていてつらい状況を一時的に抜けられてもまた戻ってしまうみたいな状態も見えてしまっている。

それで、

まだまだこの世界っておかしいなとか、 適当なことばっかりいってるやつに対しての怒りが湧いてきてしまうんですよね。

こいつらは人のことをなんだと思っているんだろう、と。

だから、私はそんな状況を少しでも改善したいな、って思ったんです。

昔の自分だったらおかしいなと思ったり、興味があっても無視してて、 つまらない人生を送ってきました。

けどそこに飛び込むことで、 自分の人生を生きられるって気づけました。

それでこう考えました。

どんな些細な感情の変化であっても、 全部飛び込んででも向き合ってやろうって。

だからいま自分にできることをやろうって思えました。

いまありがたいことに、私自身は何気ない生活でも幸せを感じながら過ごせていますが、 発展途上にいるとも思っています。

だから、勉強も挑戦も止める気はありません。

その時々で、役に立つであろう情報をアップデートしながら発信していく予定です。

何かすこしでも得られるものがあれば幸いです。

あと、 私ともっと近い距離で実践したいという方がいれば、 企画とかを確認してもらうのが一番かなと思います。

基本的に企画とかはメルマガ経由で紹介予定です。 無料で限定の動画を流したりするので、チェックしてみてください。

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合わないなと感じたら遠慮なく登録解除してもらってかまいません。

おわりに

私も最初は自信がある人は悪いヤツなんじゃない? みたいな感覚がすごく強かった人間です。

その感覚から今の感覚になれて良かったけど、 正直もっと早くこの感覚になりたかったなーと思ってしまいます。

それは、私自身が人の優しさを受け入れられずに躊躇した経験とか、 実際は人生を楽しむことなんて全然難しくなんてないという感覚とか。

もっと早く知れたら良かったなという後悔はあります。

今10代とかでも自信があったり、常識にとらわれずに活躍しています。 例えば、1人で好きなことをして評価を受けていて、なおかつ何億と稼ぐ人とか当たり前にいますけど、 それはそれだけ情報を得られるようになったからです。

なので情報を持っているかどうかの格差が、 理想や幸福への距離とか格差に直結しているので、 私は貪欲に情報を取りに行くようになりました。

なので私の話す内容に限らず、 この人の感覚はなんか自分に近い! って感じる人の情報は取るだけでなく実践していくと良いかなと感じてます。

では、以上です。

Yoshi

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